酒道しゅどう

第二話・・師走
おでん屋を
立ち出しより 低唱す
虚子(きょし)

となりの客に合わせて歌っていた艶歌も店を出ると
思わずあたりを気にして小声になって歌っている…。

季譜:年越し

師も走るという師走、極月という別称もあります。日脚が日一日と縮み「年の瀬」の声におされて否応なしに気忙しくなる月。心身ともにストレス増加月間。こんな時こそ心の安らぎが欲しいものです。 このストレス解消を酒だけに頼ろうとすると、とかく深酒をしがちになります。 そこへ忘年会が拍車をかけます。こういう時こそ日本酒を心から愛好する方々は酒を大切に飲みたいものです。

冬枯れた庭先にも、枇杷(びわ)の花は白く、寒椿は真紅に、石蕗(つわぶき)は黄色く花開きます。酒席にもこれらの冬の花を置きたいですね。 高気圧がぐんぐん大陸から張り出してくると、厳しい寒気団が襲来してきます。一年でいちばん昼が短く日差しは弱く、吹きすさぶ北風に空気は益々乾燥して風邪を引きやすくなります。ビタミンの消耗が激しくなる季節です。風邪から体を守るには「上皮保護ビタミン」と呼ばれる体内でビタミンAとなるβカロテンを積極的に取りながら季節の酒を楽しみたいものです。 ところで、忠臣蔵といい、年越しといい十二月には「そば」がつきもの。ひと昔前までは、そば屋に入ってお銚子を注文すると、帳場から板場へ「そば前一丁」という声が聞かれました。

「おそばの前にお酒を一本」という意味です。そこで「そばみそ」などを付けてお銚子が運ばれるという仕組みです。 この「そば前」の一杯、旨いものです。

酒ごよみ:柚の香添え冬至酒

澄んだ空、深い緑葉の間にまっ黄色に熟れた柚子の実が目に入ってきます。この実は酸度が強く(9%)香りが高いので絞り汁を焼き魚や白身の魚、鶏肉の酒蒸しなどにかけると一段と風味が増します。 また皮を薄く削いで吸い物や茶碗蒸に散らすとこれもまた一味違った「日本の味」。ここで柚子の皮を一片猪口において、優雅な「柚の香酒」を楽しみましょう。 暦の「大雪」から数えて十五日目は昼が最も短く、夜が最も長い一陽来復の日です。この日は開運、厄除けを願って柚子湯をたてますが柚子で身体をこすると腰が冷えないという言い伝えがあります。風呂上りにはもちろん、柚の香の立つ冬至酒。 そしてお膳には南瓜の煮つけを添え、しめくくりには小豆の冬至粥を金柑でいただきます。

『年越し酒』
新年を迎える支度を終えて、一家そろって年越しそば。 熱いそばもいいですが、酒徒はやはり“天せいろ”でしょうか。それにほどよく冷えた吟醸酒か、おだやかな燗をした純米酒か、しみじみと除夜の鐘を聞きたいものです。

酒席の礼:『杯(盃)』-この酒の使者

前回、「酌」のお話をしましたので、今回は「杯」について、ひと言ふれておきましょう。 「さかづき」の文字は「杯」が正字で、「盃」は略字です。 この杯は、古代は土器(かわらけ)でしたが、平安から鎌倉にかけては漆塗りの木材が多く用いられ、室町から江戸期に入ると、次第に陶磁製の猪口が普及してきました。 この猪口は、もともとは和物(あえもの)を入れる向付けだったものが、江戸中期から酒杯やそば汁用に転用され、この「ぐい呑」が次第に小型化していきました。

居酒屋でも、いろいろ杯を取り揃えて客に選ばせる店が多いですが、気に入ったものとなると、なかなか見当たらないことが多いと思います。 俗に言う「土もの」の陶器製は、肉が厚くて、見た目も口当たりも素朴なところが特徴です。全国には多くの窯場があり、古くからあった瀬戸、常滑(とこなめ)、越前、丹波、備前、信楽(しがらき)の六古窯(ろくこよう)をはじめ、美濃、唐津、楽ほか多くの土地に窯場があり、それぞれ味わいのある焼き物を産出しています。 陶器より硬く、素地が白い磁器は、有田焼、清水(きよみず)焼ほかがありますが、肉が薄く、口元に杯を当てると自然に酒が口中に入るので、この感覚を好む人がいます。最近は、アマチュアの陶芸が盛んなので、ご自分で思い思いの杯を作っている方も多いかと思います。 そこで、日頃、お好みの杯を、酒会に持参するのもひとつの方法です。杯は酒をあなたに運ぶ大事な使者ですから、杯を大切にする気持がまた、酒を大事にする心につながり、酒の味も格別になるでしょう。ただし、こういう時は、酒席が始まる前に、ひと言、亭主にその旨を話して諒承してもらうことです。 酒席全員が「マイ杯」持参で酒会を開くと、それぞれの自慢の杯で薀蓄を傾け合ったりして楽しいものです。

酒の肴:タラ、カキ

タラ

『鱈(タラ)』
味がのってきます。雪の降る季節にうまくなるから魚へんに雪だとか、実が雪のように白いからだとか文字のいわれはいろいろありますが、十二月から二月にかけてが産卵期なので味がのっています。 新鮮なものなら刺身にしたいところですが、肉質が柔らかいので昆布締めにするとまた一段と風味が増します。鱈ちりにかかせないのが白子(キクコ)です。鍋にいっしょに入れるのもいいですが、さっと茹でて一口大に切り、紅葉おろしとみじん切りしたワケギを添えてポン酢醤油でやるとたまりません。マダラの子は大きいのであまからに煮付けるとこれもいい箸休めになります。

カキ

『牡蠣(カキ)』
カキも美味しい季節です。多くの魚と違って冬のカキは天然ものがごくわずかなので、我々の口に入るのは殆ど養殖のカキです。最近は殻付きの生ガキも比較的容易に手に入るようになりましたが、生ガキだけでなくカキは焼くとふっくらして、とても美味しくなります。カキは「海の牛乳」といわれ、ビタミン、ミネラル、ヨウド、鉄分などを多く含み、貝類には珍しく消化吸収が良いので酒の肴には絶好です。

酒道 酒席歳時記

【規格・装丁】A5版上製本 本文204頁 ソフトカバー付
【著者】 國府田 宏行(こうだ ひろゆき)
【編者】有限会社 笹書房
【発行所】菊水日本酒文化研究所

茶道、華道、書道…日本にはそれぞれの技能を通じて人間を磨く様々な「道」があります。かつて、酒にも同様の「道」があったことをご存知でしょうか。 酒道とは、季節を愛で、豊かな心で味わう、そのためのたしなみ方を極める道です。忘れ去られてしまった、この豊かな日本の文化を、今一度思い出してもらいたい。 そんな思いから、菊水酒造の所有する研究施設「菊水日本酒文化研究所」は、このたび日本酒のもてなしの心、生活文化とたしなみ方、酒席のしつらいや作法などについて解説した書籍『酒道 酒席歳時記』を発行しました。 酒道を通して和の文化と粋をたしなめば、酒座はより一層深く、面白くなります。『酒道 酒席歳時記』は、人生に彩りを与える、大人のための一冊です。

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著者紹介
國府田 (こうだ) 宏行(ひろゆき) 先生

作家、生活評論家で書家。
慶應義塾大学在学中から文筆活動に入り、日本経済新聞社「ショッピング」初代編集長を経て、生活評論、食味評論を続ける。食文化の頂点に位置する日本酒に関心が強く、我が国の酒文化に対する一般認識を高めるべく、現代の「酒道」を確立・指導に当たっている。代表著書に「地酒風土記-前、後」「東京の地酒」「酒々物語」「日本酒あれこれ問答」などが挙げられる。