酒道しゅどう

第九話・・文月
とろとろと
梅酒の琥珀 澄み来る
友二(ともじ)

びっしょり汗をかいたあとは、よく冷えたビールをクーッといくのもいいが、暑気払いには冷酒の前に梅酒を一杯もいい。だが、今年のはまだ早い。去年のものならきっととろりと琥珀色になっていて心に溶けてくれるだろう。

季譜:天の川

七月の異名「文月」は、「ふみづき」とも「ふづき」とも読みます。七夕の宵、牽牛と織女の二つの星に詩歌の「文」を供えるからだとか、稲穂がふくらむ意味の“穂ふむ月”が転じて「ふむ月」になったのだとか言われています。余談ですが、英語のJulyは、ジュリアス・シーザー大帝の偉業をたたえて、大帝の生まれた月の七月を「ジュライ」と名付けたそうです。 太平洋高気圧の勢力が強くなって梅雨前線が北に押し上げられると、いよいよ梅雨明け、強烈な夏の太陽が顔を出します。が、高気圧の勢いが弱く、なかなか雨雲が去らないと、冷夏になるおそれもあります。

酒ごよみ:七夕祭り・一夜酒

天の川の東に住む織女(姫星)と、川の西の牽牛(彦星)との星逢の夜です。 この七夕の行事は中国の唐の時代から起こったと言います。天帝の娘である織女は年頃になっても機(はた)ばかり織っていて、相手が見つかりません。それを不憫に思った天帝は織女を牽牛のもとに嫁がせました。ところが織女はそれ以来なぜかふっつりと機を織るのをやめてしまったので帝の怒りにふれ、川の東にもどされてしまいました。ただ、年一回七月七日の夜だけは逢瀬を許してもらいました。

この二つの星が無事に逢えますようにと祈る風習は、わが国には奈良時代に伝わり、江戸時代になって五節供の一つに数えられるようになりました。根元に酒をかけて切らせてもらった竹を部屋に立て、歌や詩、願い事をしたためた色紙や短冊を下げ、机にはお燈明、季節の花を活け、お神酒を供えて・・・。 商店街の“七夕祭”もただの催事とせず、「酒処」などでは、今宵は酒客に短冊を書いてもらったり、さまざまな趣向で愉しい“星の宴”にしてほしいものです

昔のしきたりでは、この日を中心に、旧暦の六月一日から七月の晦日まで“一夜酒”を飲んだものでした。糯の粥に麹を加えて加熱すると、六、七時間で発酵して甘酒が出来ます。これが“一夜酒”でした。現代では、甘酒というと冬の飲み物と思われていますが、甘酒売りは夏の風物詩だったのです。

でも、今は程よく冷えた清酒でしょう。今年の若竹を切った猪口があれば最高ですが、桝酒も風情があります。ただし、人様に桝を差し出すときは柾目を横にして出しましょう。柾目を縦にして出すと、これは「切っ先」になって失礼になるからです。 清酒グラスやワイングラスは、よく洗って拭かずに冷凍庫に。使う寸前に取り出すと、霜降りになって、見るからに涼しげです。

酒席の礼:焼き魚はあとをきれいに

会席料理では、刺身の次に焼き物が出されます。料理の作法では、海の魚は腹を手前に向け、川の魚は背を手前にして皿に盛ることになっています。しかし川の魚を背を手前に向けるのは、一般には不自然に感じられるので、現在ではどんな魚でも腹を手前に向けて盛ります。

そして昔は、上側の身だけ食べて骨の下の身は食べないでおくの が礼儀と決められていましたが、生き物の生命をいただくのにそんなもったいないことをしたのでは、魚に申し訳ありません。そこで上側の身をきれいに食べたら、中骨を取り外して皿の前に置き、下側の身をいただきましょう。中骨ごとひっくり返して食べている人がいますが、こうすると下側の身の皮がびしょびしょになっていて、見た目にもきれいではないし、魚にも気の毒です。

焼き物は、切り身の照焼とか、粕漬けほかいろいろ出されることがありますが、切り身の場合は、箸で身を取りやすいように身が手前、皮が向う側になるように出されます。刺身の場合と同じように、焼き魚にも、はじかみ(しょうが)などが添えてあります。これも残す人が多いですが、全部きれいにいただきましょう。 そして食べ終わったとき、尾頭付きなら、頭と中骨だけがきれいに皿の中央に置かれ、小骨は皿の右前方に集めておき、通称「猫またぎ」と言われるほど、きれいにいただくのが最も大切なマナーです。

尾頭付きの魚を食べるときは、箸だけでなく反対の手も使って食べやすいようにしていただき、汚れた手は、あらかじめ懐紙を用意しておいて、拭いたら小さくたたんでポケットにしまいましょう。男性でもこの懐紙を普段用意しておくととても重宝します。

酒の肴:タカベ、キス、ハモ、ソウメン・・・

タカベ

『高部(タカベ)』
魚は冬場が旨いというのが通り相場ですが、6月頃から脂が乗りはじめ、産卵前の盛夏に最も旨くなるのがタカベです。20cmぐらいの小魚で、イサキによく似ていますが、背筋の近くに黄色の線が一本走っているのですぐ見分けがつきます。脂が多く、味にくせがないので塩焼きがいちばんです。

キス

『鱚(キス)』
品のいい白身のキスにはシロギスとアオギスがいますが、普通キスと言えばシロギスで、このシロギス釣りの最盛期は6、7月。刺身、塩焼きほか、いろいろな料理に向きますが、てんぷらがとくにおすすめ。また、一夜干しも日本酒にはよく合います。

ハモ

『鱧(ハモ)』
平安初期に疫病を退散させるための御霊会から発展したと言われる京都・八坂神社の祇園祭には欠かせないのがこのハモ料理です。関西では「ハモを食べないと祭りの気分が出ない」と言うくらいです。 ハモは、照焼、椀ダネ、酢の物、落とし(チリ)ほか、いろいろな食べ方がありますが、「ハモは梅雨の水を飲んで旨くなる」と言われるように、今がいちばん味が乗っています。 ただ、ハモには小骨が無数にあるので骨切りをする必要があります。これは素人には無理なので魚屋さんにやってもらわなければなりません。 骨切りしたハモにくず粉をまぶし、さっと湯通しすると小さな白ぼたんの花のように身がはぜるので、これを「ぼたんハモ」と呼んでいます。 梅肉か酢みそ、あるいはわさび醤油で。淡白なハモの味が日本酒を生かし、その日本酒がまたハモの味をひき立てます。鱧の皮もいい酒の肴です。関西ではハモはカマボコの材料によく使うので、身をそいだあとの皮を焼いて売っています。関東ほか地方でもデパートなどの関西のカマボコ店においてあります。皮もやはり小骨が多いので、ハサミできざんでキュウリもみと和えて酢の物にするといい肴になりますが、最近はきざんだものが売られています。この皮には、老化防止の働きがあるコンドロイチンが多いと言います。

そうめん

『素麺(そうめん)』
七夕の日にそうめんを食べる風習は古くからありました。これは織女の織る織物には細糸を使うので、これに似たそうめんを食べるようになったと言います。 平安時代には麦縄とかゾロゾロなどと呼んでいたそうですが、蒸し暑い真夏の夜、旨い酒をたしなんだあと、よく冷えたそうめんはまさに季節の味覚ですが、こういうとき、熱い煮麺(にゅうめん)をフウフウいただくのもいい暑気ばらいになります。
紺の帯 解いて素麺 湯に入り
泣かせる川柳ですね。

酒道 酒席歳時記

【規格・装丁】A5版上製本 本文204頁 ソフトカバー付
【著者】 國府田 宏行(こうだ ひろゆき)
【編者】有限会社 笹書房
【発行所】菊水日本酒文化研究所

茶道、華道、書道…日本にはそれぞれの技能を通じて人間を磨く様々な「道」があります。かつて、酒にも同様の「道」があったことをご存知でしょうか。 酒道とは、季節を愛で、豊かな心で味わう、そのためのたしなみ方を極める道です。忘れ去られてしまった、この豊かな日本の文化を、今一度思い出してもらいたい。 そんな思いから、菊水酒造の所有する研究施設「菊水日本酒文化研究所」は、このたび日本酒のもてなしの心、生活文化とたしなみ方、酒席のしつらいや作法などについて解説した書籍『酒道 酒席歳時記』を発行しました。 酒道を通して和の文化と粋をたしなめば、酒座はより一層深く、面白くなります。『酒道 酒席歳時記』は、人生に彩りを与える、大人のための一冊です。

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著者紹介
國府田 (こうだ) 宏行(ひろゆき) 先生

作家、生活評論家で書家。
慶應義塾大学在学中から文筆活動に入り、日本経済新聞社「ショッピング」初代編集長を経て、生活評論、食味評論を続ける。食文化の頂点に位置する日本酒に関心が強く、我が国の酒文化に対する一般認識を高めるべく、現代の「酒道」を確立・指導に当たっている。代表著書に「地酒風土記-前、後」「東京の地酒」「酒々物語」「日本酒あれこれ問答」などが挙げられる。