どちらのおたくにも玄関があります。
玄関とは、禅の世界では玄妙に至る関門、新しい境地、に入る扉という意味です。
「酒」の世界にも香り高い玄関があります。
いい酒を味わって、快い酔いをたのしむために、
どうぞ静かな、ゆったりした気持ちで、この扉を開いてください。
酒──勿論、日本酒のことですが、あなたはどういうときに酒を口にされますか?
ときには憂いをはらうクリーナーであったり、料理を引き立てる演出家であったり、疲れを癒す睡眠薬であったりするかも知れません。
愛妻の手料理で酌む酒もあれば、大衆酒場で友人と交わす酒もあり、小料理屋のカウンター越しに女将と色気話を肴にする酒もあり、粋な座敷で名妓の酌を愉しむ酒もあります。あるいは、女性同士で青春を語り、女性のよろこびとかなしみに浸り、また、源氏物語の「雨夜の品定め」よろしく、世の男どもをこき下ろす酒があっても、たまにはよろしいでしょう。
このように、いずれを好むとしても、人生と酒とは切っても切れない間柄です。しかし、そこに酒があるから、酔いたいから飲むというだけでは、まずしい酒づきあいで終わってしまいます。
どこの国にも、その民族が生み出した酒がありますが、世界中で日本酒ほど味わい深い酒は見当たりません。これは、われわれの祖先が生み出した大いなる文化遺産であり、今日まで綿々と受け継がれ、飲み継がれてきた食文化の頂点に位置する素晴らしい飲み物です。
しかも、酒造技術は非常に進歩しており、現在は味といい、香りといい、昔より格段上の清酒を自由にたのしめます。
ところが、そういう今でも、あなたは人前で「私は日本酒が好きだ」と胸を張って言えるでしょうか?人様のことを「あの人は酒が好きだ」と言うとき、軽蔑する気待ちがないでしょうか?香道・茶道・華道、弓道と、それぞれの技能を通じて人間を磨く「道」があるのに、足利末期に起った「酒道」だけが、なぜわずかな間に途絶えてしまったのか──それは、酒が酔いをさそう催酔飲料だからだったと思われます。
昔、庶民は自由に酒を飲めませんでした。祭りのあと直会(なおらい)に振舞われた酒をこの時とばかりあおって泥酔してしまったので、酒は人を駄目にする飲みもののように思われてきました。
でも現在は芸術品のような最高の酒を好きなときに楽しめます。この酒を通して多くの師と仰げる人を知り、夢をふくらませることが出来ます。これが「酒道」の入り口です。どうぞ、これから、毎月、このたのしい道を散策して下さい。心が洗われます。気品のある酒がたのしめます。
【規格・装丁】A5版上製本 本文204頁 ソフトカバー付
【著者】 國府田 宏行(こうだ ひろゆき)
【編者】有限会社 笹書房
【発行所】菊水日本酒文化研究所
茶道、華道、書道…日本にはそれぞれの技能を通じて人間を磨く様々な「道」があります。かつて、酒にも同様の「道」があったことをご存知でしょうか。 酒道とは、季節を愛で、豊かな心で味わう、そのためのたしなみ方を極める道です。忘れ去られてしまった、この豊かな日本の文化を、今一度思い出してもらいたい。 そんな思いから、菊水酒造の所有する研究施設「菊水日本酒文化研究所」は、このたび日本酒のもてなしの心、生活文化とたしなみ方、酒席のしつらいや作法などについて解説した書籍『酒道 酒席歳時記』を発行しました。 酒道を通して和の文化と粋をたしなめば、酒座はより一層深く、面白くなります。『酒道 酒席歳時記』は、人生に彩りを与える、大人のための一冊です。
購入する作家、生活評論家で書家。
慶應義塾大学在学中から文筆活動に入り、日本経済新聞社「ショッピング」初代編集長を経て、生活評論、食味評論を続ける。
食文化の頂点に位置する日本酒に関心が強く、我が国の酒文化に対する一般認識を高めるべく、現代の「酒道」を確立・指導に当たっている。
代表著書に「地酒風土記-前、後」「東京の地酒」「酒々物語」「日本酒あれこれ問答」などが挙げられる。