みずみずしい杉の若葉を集めた薬玉(酒林)は酒神様がましますご神体。
その下の新酒を詰めた酒樽も若々しく・・・
四月は、卯の花が咲き誇る時期だから「卯の花月」略して「卯月」。記紀、万葉の頃からこう呼ばれており、十二支でも第四番目です。四日は「清明(せいめい)」、二十四節気のひとつで、万物清新の気が満ち溢れるときです。 水ぬるむ春、木々の芽は萌え始め、日照時間の気温は汗ばむほどに上昇することもありますが、朝晩はまだ冷え込み、気温の差がはげしいのがこの頃。天候の変動も目まぐるしく、寒(かん)のもどりという寒い日もあります。移動性の高気圧と低気圧が日本列島を交互に通過するので、ときに強風を伴った雨も降り、せっかく咲いた桜の花を散り急がせるのも四月の気象の特徴です
三月に続いて四月も新酒が続々と搾られて私たちを呼んでいます。新酒は言ってみれば酒の若者です。若者ですから、まだ肌が不安定なところがあります。逆に言えば、それが生まれたばかりの酒の「生気」でもあります。その生気をそれなりに受けとめるのが、今の季節の、酒の味わい方とも言えます。
お花見に酒はつき物。グループで円陣を組んでの酒盛りはかかせない行事となっていますが、放歌高吟、へべれけになるのは避けたいものです。花見は、もともとは田植えを終えた農民が、その年の豊作を祈って大自然に感謝する集いとして行われたもので、決して酒に負ける飲み方はしなかったものです。 搾りたての荒走りをはじめ、新酒たちの原料米、精米歩合、酵母等それぞれの生立ちを見ながら、ひらひら風に舞う花びらを杯に受けて、ゆたかな気持で花の宴をおたのしみ下さい。
会席料理では、先付に続いて、小ぶりの器にひと口ふた口で食べられる前菜が数種類出されることがあります。あとから出される料理に厚味を持たせて、酒席に華やかさが増します。亭主の好みの小型の八寸など、凝った焼き物に盛られているので、料理とともに、器の景色など、その焼き物の美しさも味わいながら、酒と交互にいただきましょう。
ひとことカルチャー
『うさ晴らしと酒』
仕事上の憂さを家庭にまで持ち帰らないために飲み屋で鬱憤を吐き出す——働く人の日本全国変らぬ情景です。昼間のいやなことを忘れようと飲んだはずの酒なのに、忘れたのは飲んでいた間のことで、肝心な昼間のいやなことは忘れていないことが実験的にわかっています。つまり、憂さ晴らしに酒を飲んでも無駄というわけなんです。いやなことは飲む前に捨てて楽しく飲むのが賢く忘れる方法のようです。
『タイ』
瀬戸内にサクラダイが産卵に集まっています。タイは古書に「人は武士、柱は檜、魚は鯛」と言われ、『食物三尊』の一つにあげられており、その種類は130種あると言われています。その中で一際見事な姿かたちをしているのがマダイです。ことに春三月から五月にかけて外海から瀬戸内海に産卵にやって来るマダイは鮮やかな桜色に輝いているので、季節柄「サクラダイ」あるいは「花見鯛」と珍重されています。その味はまさに魚の王様です。関西ではお造りと言えばタイの刺身を指すくらいで、塩焼き、うしお、兜焼き、兜煮などどれも美味ですが、目玉のまわりの身は食通の三大贅沢のひとつと言われています。『延喜式』には、平たい魚なので「平魚(タイ)」とあります。一年中、旬だと言われ、魚へんに周と書きますが、産地や季節によって味には差があります。
『蛤(ハマグリ)・浅蜊(アサリ)』
四月の下旬、旧暦の三月三日、大潮の頃にあたり、昼間の干潮の時間が長くなるので、潮干狩りの季節です。収穫はハマグリとアサリが多いですが、春は貝の身が厚くなるので、いずれも大変美味しくなります。ハマグリの貝殻はほかのハマグリの貝殻とは決してピッタリ合わないので、「二夫に目見(まみ)えず」という縁起から雛の節句にはかかせない存在です。雪にとざされている地方では、雛まつりは旧暦で祝う地方が多いので、ちょうどいいタイミングです。貝類の旨味はコハク酸、アルギニン酸、グルタミン酸などで、肉類や魚とは違った味が楽しめます。貝類の内臓は、消化がよくビタミン類やミネラルが豊富なので、酒の肴にはうってつけです。焼いてよし、潮汁もよし、またアサリの剥(む)き身を葱と味噌で深川丼風にさっと煮てもいい肴になります。
『鮑(アワビ)』
アワビは一年中あると思っている人が多いですが、冬の間は禁猟期間で春四月になると解禁になります。産卵期が晩秋なので春から夏にかけてが、最も味が乗ってきます。よく緑色のアワビを雄ガイ、茶色のアワビを雌ガイと呼んでいますが、これは間違いです。アワビは雌雄異体で産卵期になると、雄の生殖器は淡褐色になり、雌のは濃緑色になるそうですが、それ以外の時には区別がつかないそうです。つまり雄ガイ、雌ガイはアワビの種類で、雌雄ではないのです。普通刺身や鮨種にしますが、酒の肴には水ガイが最高でしょう。粗塩でこすって、ぬめりを取ると味がしまります。これを角切りにして、氷水に浮かせます。ワタはそのまま二杯酢でよし、茹でて黄身酢和えもいいものです。中国人は、アワビのワタは目のためにいいと好んで食べます。
『筍(タケノコ)』
筍という文字は、芽を出してから旬日(10日)以内がたけのこ。それを過ぎると竹になるという成長の速さを表わしたものです。「朝掘り」という言葉があるくらい、掘りたてなら、えぐみもなくやわらかなのでそのまま刺身で美味しく食べられます。以前は産地でなければ味わえませんでしたが、今は航空便や宅急便で届きますから手早く茹でることです。 八百屋で選ぶ時は、青々としたもので、節と節の間が詰まった、ずんぐりしたものを求め、唐辛子と米ヌカを入れた深鍋で茹で、茹だったら、冷めるまで鍋のまま置きます。木の芽和え、フキと合わせた当座煮などにすると春の香りが息づいて酒が進みます。
【規格・装丁】A5版上製本 本文204頁 ソフトカバー付
【著者】 國府田 宏行(こうだ ひろゆき)
【編者】有限会社 笹書房
【発行所】菊水日本酒文化研究所
茶道、華道、書道…日本にはそれぞれの技能を通じて人間を磨く様々な「道」があります。かつて、酒にも同様の「道」があったことをご存知でしょうか。 酒道とは、季節を愛で、豊かな心で味わう、そのためのたしなみ方を極める道です。忘れ去られてしまった、この豊かな日本の文化を、今一度思い出してもらいたい。 そんな思いから、菊水酒造の所有する研究施設「菊水日本酒文化研究所」は、このたび日本酒のもてなしの心、生活文化とたしなみ方、酒席のしつらいや作法などについて解説した書籍『酒道 酒席歳時記』を発行しました。 酒道を通して和の文化と粋をたしなめば、酒座はより一層深く、面白くなります。『酒道 酒席歳時記』は、人生に彩りを与える、大人のための一冊です。
購入する作家、生活評論家で書家。
慶應義塾大学在学中から文筆活動に入り、日本経済新聞社「ショッピング」初代編集長を経て、生活評論、食味評論を続ける。
食文化の頂点に位置する日本酒に関心が強く、我が国の酒文化に対する一般認識を高めるべく、現代の「酒道」を確立・指導に当たっている。
代表著書に「地酒風土記-前、後」「東京の地酒」「酒々物語」「日本酒あれこれ問答」などが挙げられる。