酒道:酒の作法や楽しみ方

第七話:皇月

曲水や 草に置きたる 小盃  虚子 きょし

越後平野だろうか、田植えが終わった一面の青田に風がそよいでいる。
今年の酒米の豊作を祈らずにはいられない。

季譜:仲夏

「早月」という呼び方は、早苗の文字に由来しています。苗を植え付ける時期に当たるので、早苗——略して早月と呼んだのです。
日本書紀には、五月蝿(さばえ)がむらがり騒ぐところから、「五月」といったとあります。 早月を皐月と書くこともあり、異名には、芒種(ぼうしゅ・二十四節気の一つで、稲を植え付ける時期)、仲夏、鶉月、月見ぬ月などがあります。天気の変動もようやく定まり、五月晴れと呼ばれる、抜けるような快晴の日が続くようになります。しかし、五月の天候は、中間に梅雨の前ぶれを思わせる長雨が降ることがあり、ゴールデンウィークのプランを台なしにすることもあります。ちょうど陰暦4月の卯の花月に当たるので、卯の花を腐らせはしないかというところから、この頃の雨を「卯の花腐し(うのはなくだし)」と言います。晴れさえすれば、5月の太陽は8月と同じくらいの高さになるので汗ばむほどに暑いですが、雨の日はむし暑くなります。

酒ごよみ:菖蒲酒(あやめざけ)

5月5日の端午の節供は、菖蒲の節供とも言いますが、これは語呂が尚武に通じるところから男の子の節供になったとも言われています。
菖蒲には草全体に独特の芳香があるので、古くから邪気を払う効果があると考えられていました。そこから、この日には、菖蒲の根を刻んで酒に漬けた菖蒲酒(あやめざけ)を飲んで祝う風習がありました。

酒席の礼:『吸い物』は料理人の顔である

前回お話したように、酒の相手をする料理として発達した「会席料理」では、「先付」「前菜」に続いて出されるのが「吸い物」です。「酒を飲み始めたばかりなのに・・・」と思うかも知れませんが、これは味噌仕立てなどの汁と違って「酒菜」であり、「うちの味付けの基本です。見て下さい」という板前さんからの挨拶で、次ぎに出される「刺身」とともに最も重要な料理なのです。

ですから、熱いものは熱いうちにの原則をまもって、すぐ召し上がることです。冷めないように漆器のお椀を使いますから、無造作に蓋を取ろうとすると取れないことがあります。こういうときは、左手でお椀の縁を前後に押さえると蓋が浮いてくるので右手で持ち上げ、蓋の裏についている湯気を椀に落とすように蓋を椀の中に縦にして湯気の落ちる のを待ち、そのあと、上に向けて右前に置きます。「吸い物」の実(み)は季節のもので、主体の椀種(わんだね)のほか、椀妻(わんづま=そえ)、青味(あおみ=野菜)、吸い地(すいぢ=つゆ)、吸い口(柚などの香り)の五つの要素で構成されています。

この料理の出し方は大変理にかなっていて、西洋料理で最初に出るスープと同じです。唾液や胃液の分泌を促すと同時に、空腹時に胃壁に与えるアルコールの刺激をやわらげるからです。
この「吸い物」をいただく間は酒はひと口かふた口にして、もっぱら季節の香りを楽しみたいものです。

酒の肴:「カツオ、ホヤ、ヤマメ、イワナ」

『鰹(カツオ)』
毎年のことですが、今頃になると、「目には青菜 山時鳥(やまほととぎす)初鰹」と、山口素堂の名句が紹介され、初鰹の季節を知らせます。魚河岸で「初」が付くのはカツオとサンマだけ。この初鰹、江戸時代は大変な高値だったそうで、「俎板(まないた)に 小判一枚 初がつを」という宝井其角の句がそれを物語っています。

カツオは、黒潮に乗って海面近くを回遊する魚で、1、2月頃小笠原諸島あたりから北上を始め、3月には八丈島、4.6月頃千葉沖に、6、7月には常盤沖にという、いわゆる「のぼりガツオ」。そして7、8月には金華山沖、8、9月には三陸沖と進み、秋には北海道の南部にまで行ってから南下して来ます。

初鰹と呼ぶのは千葉沖、常盤沖で揚がったものを指していましたが、最近は漁船がカツオの群れを追って遠くまで行くので、3月に入れば東京ではもう「初鰹」の文字が目に入ってきます。海の穏やかな夜、沖に漕ぎ出した漁師たちが長い竿で一本釣りする光景は勇壮そのものです。

カツオはサバ科の魚で、足がはやい(くさりやすい)ので鰹節やナマリなどの保存食品が考え出されたのでしょうが、生きのいいのをタタキで食べるのが最高。白身の魚を好む関西人に対して、関東人は赤みで淡白な味をよろこぶところから、初もの好きの江戸っ子趣味にふさわしい初鰹がもてはやされたのでしょう。

成分的に見ると、カツオは100g中たんぱく質25.4gあるので、一人前の刺身(約100g)を食べれば 一日の必要量の三分の一は取れることになりますから、まことに健康的な酒の肴です。味の相性は不思議なもので、カツオにワサビは合いません。カツオにはショウガかニンニクです。ショウガは、東洋が原産で、中国やインドでは調味料や医薬品として使われていましたが、ヨーロッパに渡ると、ローマ人は媚薬として使っていたことが《千夜一夜物語》に出ています。辛味成分のショーガオールとジンロゲンは健胃、解毒の効果があるのでいい相棒です。

『 海鞘(ホヤ) 』
「藤の花が咲く頃から、ホヤは味がのってくる」と言われているようにこれからが旬である。三陸の沿岸でよく獲れるので、この地方の酒席にも食卓にもホヤは必需品です。ただ、独得の風味があるので、好きな人はたまらなく好きになり、合わない人は毛嫌いします。
かたい外皮を切って身を出し、きざんで二杯酢で食べるのが普通ですが、生きのいいものは、何も付けずにそのまま食べたほうがいいくらいです。 酒がすすみます。

『山女魚(ヤマメ)』『岩魚(イワナ)』
渓流のスターであるヤマメ、イワナも初夏から夏にかけて味が乗ってきます。ヤマメのさらに上流にイワナが住んでいます。
こればかりは渓流釣りの達人でなければ酒席にのせることは出来ませんが、淡白な味は酒を引き立たせます。一族のニジマスは養殖ものが市場に出ていますから、これで淡水魚の味を楽しむのもいいでしょう。