酒道:酒の作法や楽しみ方

第四話:如月

鰭酒も 春待つ月も 琥珀色  秋櫻子 しゅうおうし

フグのシーズンになると、香ばしいヒレ酒もほしくなる。空には春を待つ月。
いずれも琥珀色で美しい・・・

季譜:初花

如月という二月のこの別名は「生更ぎ」(草木が更生する意)で、 よく言われている「寒さが去りがたいから衣更着だ」という説は誤りだと『広辞苑』にあります。この如月の文字は、古事記、日本書記の時代から使われており、他に仲春、令月、小草生月、初花月、梅見月などの別名もあり、旧暦の二月は、梅が見事に咲き競う時期でした。
二月は、四日に立春を迎えて寒があけるとはいうものの、朝の氷は日が射しても容易に溶けないくらい厚く張っており、降雪量は今月がピーク、時に大雪に見舞われることもあります。でも、大自然は着実に春への歩みを続け、冬の日差しも、日ごとに日脚(ひあし)を伸ばし田舎ではやがて路傍に浅緑をした“ふきのとう”が顔を出すようになります。梅だよりは九州の南端をスタートし、次第に北上して今月の末には東京へ、そして更に北へ北へと春を運んで行きます。

酒ごよみ:荒走り

晩秋から始まった仕込みは、今、最高潮に達しています。普通酒で約20日、吟醸酒はほぼ30日で、 醪の中のアルコールが20%ぐらいになると発酵が殆ど終るので、すぐ搾って新酒と酒粕に分けます。
アルコールの濃度が高くなると、酵母が急速に死滅して、その菌体から出るアミノ酸その他の窒素化合物や酵素などのために酒質に雑味が出たり、酒の色が濃くなりすぎたりするからです。大量に搾る場合は、一見アコーディオンカーテンのような自動圧搾機で搾りますが、吟醸酒のような高級酒は醪を小さな酒袋に入れて、昔ながらの槽(ふね)と呼ばれる搾り機に積み重ねて搾ります。この搾り口(槽口=ふなぐち)から最初にほと走って出る酒を「荒走り」と呼んでいます。

『おり酒』・『にごり酒』
搾ったばかりの酒はまだ白く濁っています。この濁りは、でんぷんや繊維、たんぱく質、酵母、酵素などで、これを滓(おり)と呼んでいます。この白濁した酒をそのままそうっとしておくと、滓が沈殿して上が澄んできます。この上澄みを別のタンクに移しておくと、また上澄みが出来、 下に滓がたまります。この上澄みを取った後の酒が「おり酒」です。

この「おり酒」にはまだ炭酸ガスが含まれているので、瓶の栓に穴を開けてガスが抜けるようにしている場合もあります。また、この滓をミクロフィルターで取り除いて「生酒」として出す場合もあります。そのほか、初めから「にごり酒」用に醪を仕込む場合もあります。
若い酒ですから、杯に受けたらしばらく酒が落ちつくのを待ち、目を閉じて静かに口に含みましょう。きっとあなたに何かを話しかけると思います。若々しい新酒には新酒の主張があります。そこから酒との会話が始まります。

『鰭(ひれ)酒』
最近は、フグ料理の宅配便もありますが、フグの季節になると、フグ料理は食べなくても、家庭でもヒレ酒をやりたくなるものです。
フグは、生きたものを下ろしますが、この時切り落としたヒレを板に貼り付けて干しておきます。よく乾燥したものをこんがりと焼いてコップに入れ、これに熱燗の酒を注いで蓋をし、5分ぐらい置くとヒレ独特の香ばしい「ひれ酒」になります。ここでヒレを取り出して、味わいます。飲み終わったらまたヒレをコップに入れて酒を注ぐと、もう一度「ひれ酒」が楽しめます。
ヒレをまっ黒にして出す店がありますが、あまり焦がすと焦げた匂いが酒に付いていけません。じっくり焙ることです。
熱燗は体によくないので、5分ぐらいして温度が幾分下ってから、ゆっくり味わいたいものです。

酒席の礼:『膳』—— 自分の敷地を大切に

これまで、献酬の礼儀と杯(盃)、箸のわきまえなどをお話してきましたので、今回は膳についてお話をしましょう。

「膳」はもともと「かしわ」と呼んでいました。これは、太古、食べものは柏の葉の上にのせたところからきたもので、現在でも伊勢の神宮では天照大御神にお供えする御神酒や神餞は、土器の上に柏の葉を敷き、その上にのせています。宮中でも、昔は天皇の食事をつくる人を「かしわで」と呼んでおり、この仕事をしている人を「大膳職(だいぜんしき)」と呼んでいます。
というわけで、「膳」は料理や食事を意味していました。それが次第に、「料理を並べる台」も「台の上に盛った料理」も「膳」と呼ぶようになり、さらに、食器に盛ったご飯を数えたり(一膳めし)、箸を一組、二組数えるにも「一膳、二膳」と言うようになりました。

「膳」には、江戸時代に作られた足付きのものがいろいろありますが、現在、一般に「膳」というと、会席料理に使われる「尺二もの」(方一尺二寸=約36cm)の折敷(おしき)です。折敷とは、幅のせまい薄板を四ヶ所曲げて膳の縁に付けたもの。おもしろいことに、この「尺二もの」の寸法は、女性のお尻の幅と同じで、料理をのせて運ぶには大変使い勝手がいいところから考えられた、いわば“暮らしのアイデア作品”です。明治以降、料亭だけでなく、家庭の客膳としても普及して、現在に至っています。
酒席でこの会席膳を使うとき、注意しなければならないのは、食器を膳の上で手前に引くなどずらさないことです。陶器の底で膳に傷をつけるおそれがあるからです。食器は手に取って食べ、また元の位置に静かに置いて下さい。
膳は与えられた自分の敷地です。乱れないように、使いこなしましょう。

ひとことカルチャー<『寒さの正体とお燗』>

気温が低くなると、皮膚の熱がどんどん奪われて普通12℃ぐらいで“寒い”と感じるようになり、ここを“寒点”と言います。 そして、5℃以下になると手がかじかみ、零度以下では手の先や足の先が痛く感じるようになるそうです。
こうなると熱燗を飲む人が増えてきます。しかし、「燗酒」のところでお話したように熱燗は酒の味を台無しにするだけでなく、熱燗ばかり飲み続けると、もっと強い酒を飲むのと同じように食道や胃に害を及ぼすという疫学調査があります。
アルコールは、そのまま飲んでも、体の中で、アルコール自体が炎えて体は温まるので熱燗にする必要は全くないのです。

酒の肴:「フグ、サヨリ、シラウオ、サワラ・・・」

『河豚(フグ)』
軒ごとに 河豚行燈や 雪雫 方舟
行き付けの酒亭から「フグ始めました」という便りが届くと、あらためて季節の到来を感じます。
昔は、「フグは食いたし、財布は寒し」でますます高価な食べ物になってしまいましたが、それでも最近は養殖のフグも出廻るようになったので、たまには身のひきしまった旬の味を満喫したいものです。
皿の色が見える薄作りの身を2、3枚取って、紅葉おろしとさらしねぎを入れたポン酢醤油にさっと付けて・・・・・・箸休めには煮こごりを愉しみながらヒレ酒で温たまる。刺身の次はチリをフウフウしながら頬張り、酒が終わったところで、雑炊で仕上げる。
このように、フグ刺し(てっさ)というと薄作りと思われていますが、普通の倍ぐらいの厚さに切って湯引きしたもののほうが歯ごたえがあります。また、骨付きの身を空揚げして、さっと塩を振ってもいい肴になります。

『針魚(サヨリ)』
サヨリは細長いきれいな魚なので「細魚」とも書きますが、下あごが針のように突き出ているので、普通、針魚と書きます。
透き通った身を糸作りして、スダチなどのしぼり汁を落したらいい肴になります。三枚に下ろしたものをさっと揚げてもよく、また、結んで汁椀に入れると品のいい椀だねになります。

『白魚(シラウオ)』
半透明のキラキラする白魚は、一、二月頃が漁期。生きたまま醤油の中に入れる“おどりぐい”が有名ですが、酒の肴には、天ぷら、卵の煮よせ、茶碗蒸しがいいでしょう。博多名物で知られる“おどりぐい”は“シラウオ”ではなく“シロウオ”で、これはハゼ科の魚です。

『鰆(サワラ)』
春が近くなると産卵のために鰆が内海に入って来てよくとれるので「魚へんに春」と書きます。でも、この字は誤解のもとです。たしかに、春、桜鯛の季節が終わって梅雨に入ってくると瀬戸内海では鰆の漁期になりますが、晩秋になると駿河湾でよく取れるようになり、寒になると今度は相模湾と漁場が移るだけで、私たちはほぼ年中味わえるうれしい魚です。
新鮮なものはもちろん刺身ですが、照焼よし、味噌漬けよし、恰好の肴となります。また、この魚の卵巣を干してかためた「からすみ」は、ボラの「からすみ」に負けず美味しいと言われています。

『鮟鱇(アンコウ)』
寒中にぜひ味わいたいもう一つの魚がアンコウです。
関東では水戸や銚子当たりの名物とされていますが、各地の底引網にかかる魚です。
グロテスクな魚ですが捨てるところがなく、身、エラ、肝、尾ビレ、卵巣、胃袋、皮を「アンコウの七つ道具」と言い、割り醤油でも味噌仕立てでも、酒肴にぴったりです。最近は、珍味として「アンキモ」が売られていますが、これをくずして酢味噌で割り、ウドなどを和えてもいい肴になります。

『海苔(ノリ)』
新海苔の季節です。
小待合いきなり海苔で燗けて来る美錠丸という泣かせる川柳があります。肴の仕出しがとどくまで、とにかく一杯・・・と、女将の心遣いです。
魚介類をつまみながら、箸休めに焼き海苔を無造作にちぎってバリッ。磯の香りがふわっと口中に広がって、酒の味がひき立ちます。
風味だけでなく、海苔にはたんぱく質が豊富なうえ、ビタミンA効力が非常に多く、カルシウム、カリウム、リン、鉄などもあって、栄養的にも酒の相手として絶好です。