酒道:酒の作法や楽しみ方

第三話:睦月

湯けぶりの なかのゆききや 寒づくり 釣児 ちょうじ

今、蔵では、米を蒸す湯煙りが立ちこめる中を蔵人たちがいそがしく行き来している。
寒造りの頂点である…

季譜:年初

一月を正しい月と呼ぶのは旧暦の名残りで古くは睦月。親しい人々が寄り集うことから「むつびづき」と名付けられ、略して睦月となったと言われています。
正月の異名は早緑月、王春月、初春月、孟春月などと呼び方は色々ありますが、旧暦は新暦より約一ヶ月半あとで年が改たまるので、春の訪れと新年が一致したため賀春とか迎春という言葉が生まれたのです。
今月は五日に「寒」の入りを迎え、二十日の「大寒」を経て十五日前後の節分まで、一月は殆ど「寒」の中にあります。
天気図は判で押したように西高東低の気圧配置になり、太平洋側はカラカラの晴天が続き日本海側は厚い雲がどっかり腰を据えて雪の日が多くなります。これは、日本列島を背骨のように走る山脈のしわざで、大陸からやって来る寒波がこの山脈に突き当たって水分を雪に変えて降らせ、 太平洋側には冷たいカラッ風だけをふきおろすからです。

酒ごよみ:屠蘇(とそ)酒

元旦や 花咲く春は 屠蘇の酒 杉風
元朝、入浴して身を清め、清水を汲み、神棚に拍手を打ち、仏壇に合掌し、一家で祝膳について屠蘇をいただく。人生の歩みのなかの一つ区切りとして緊張するひとときです。
最近は正月の行事から忘れられがちですが、これは古く中国魏の名医華陀(かだ)の処方で、元旦に飲むと一年の邪気をはらって延命長寿を得ると言われている薬酒です。「蘇(そ)という悪い鬼を屠(ほふ)る」という意味で、わが国では平安時代から行われていたそうです。肉桂(にっけい)、山椒(さんしょう)、乾姜(かんきょう)、白求(びゃくぎゅう)、細辛(さいしん)ほか、健胃、解熱、鎮痛、利尿、鎮咳その他、種々の薬効があるとされています。

年末年始はとかく生活がふしだらになって消化器系の病気にかかりやすいし、空気が乾燥するため、カゼ、インフルエンザ、気管支炎など呼吸器系の病気にもねらわれやすい季節です。屠蘇の薬効は、これらの病気をうまくガードしようという布陣です。
家族一同そろって東を向いて坐り、年少の者から年長の者へと順次飲むのがしきたりです。

『おせちと祝い酒』
迎春のセレモニーをすませて、さあ、新年の祝膳に着きましょう。
お部屋には「お正月花」..水仙、千両、万両、おもと、あるいは若竹か、寒椿か、侘助か。お膳には青竹の杯が待っているかも知れません。
「おせち料理」が美しく食欲をそそります。「おせち」は、地方によっていろいろしきたりがありますが、春夏秋冬をあらわす青、白、赤、黒に色分けした与の重(四の重)が、一般的です。そして、一の重には口取り、二の重には膾(なます)、三の重には焼魚、四の重には四の字を避けて「与」の重として煮〆(にしめ)を入れます。
「おせち」は片寄らずに山の幸、海の幸を少しずつ取り分けて、祝い酒も量を過さないように味わいましょう。

『霙(みぞれ)酒』
「おや?」雨かと思っていたら白いものが混じっています。みぞれです。夜になって気温が更に下がると雪になるでしょう。 こんな時、外のみぞれにあやかって、食卓でもみぞれ酒を楽しんではいかがでしょう。
この酒は昔、奈良の医者が京の都に遊んだ時、大沢の池にみぞれが降る風情に見惚れて考えついたもので、細かいあられを酒に浮かせて飲んだものです。当時は、「南都諸白」がもてはやされていた頃で、みぞれ酒は奈良の名酒と呼ばれていました。
「南都諸白」とは、室町時代、奈良の僧坊で造られた酒で、天下の美酒として知られ、永禄年間(一五六〇頃)、酒造りが二段仕込みから三段仕込みになり、それまで玄米で作っていた麹も白米で造るようになった(掛米は白米でした)ので、両方を白米で造るので「諸白」と呼ばれました。でも、これにとらわれず、麹がみぞれのように浮かんでいるにごり酒でもよろしいでしょう。ちょうど今は初搾りが蔵から出てくる頃だからです。

酒席の礼:『箸・割箸』 – を美しく使う

杯とともに、酒席になくてはならないのが箸です。そこで、今回はとかく見過ごしがちな箸についてお話しましょう。
この箸は、「晴れの箸」と「褻(け)の箸」に分けられます。「晴れの箸」とは、神事を初め、正月や祝儀などに使う“中太両細”(中央が太くて両端が細い)の両口箸です。「褻の箸」は自分用の日常の箸で、“天太先細”(上が太く、先が細い)の片口箸です。

割箸はこの両者兼用の箸で、真ん中が割れているから手軽に割ることが出来、 新しいものを一回で使い捨てるという清潔さが日本人の感覚に合って広く使われるようになった、わが国独特の食器のひとつです。
酒席ではこの割箸を使うのが普通です。高級品は柾目のある杉材で作りますが、大衆向きのものは、桧、白樺、アスペン、竹などで多く作られています。桧は高級建材ですが、杉のように柾目が通っていないので割れにくいため、割箸材としてはあまり値打ちがありません。また、竹箸を使う飲食店が増えていますが、最近中国産の安い竹箸が大量に輸入されているためです。かたくて割れにくいのが欠点です。

この割箸の発祥は、日本一の杉の名産地である奈良県の吉野地方で、幕末から明治にかけて、伊丹、池田、灘へと吉野から盛んに酒樽が送られ、その端材を利用して作られるようになりました。現在は、酒樽の需要が少なくなったので、建築用の角材を取ったあとの木皮(こわ=端材)が利用されています。
木の年輪は、木の外側へいくほど細かくなるので、この木皮部分を使うことで、強くて折れにくい割箸が出来るわけです。

現在、比較的多く使われている大衆向きの割箸は、「丁六(ちょうろく)」、「小判」、「元禄」と竹箸です。「丁六」は、何の細工もしていない素朴な箸で、江戸時代の庶民の貨幣の名前を取ったもの。
「小判」は丁六より1cm長く作られた大衆向けの中級品。大衆向けの中でいちばん格上が、「元禄」で、「小判」より手をかけて角を削ったり、割りやすくしたものです。

上等のものは「利休」と「天削(てんそげ)」です。「利休」は、千家流茶道の開祖千利休が考案したもので、一本ずつ削った中太両細の両口箸ですが、京都のある箸の業者が、 これを割箸にしてはと考えたのが「利休型割箸」です。「天削」はこの名の通り、天(頭の部分)を斜めに削り、全体の角は取らず、 先端だけ角取りと溝加工した、柾目の美しさが見事な高級箸です。

美しく割る知恵
割箸というと、とかく“一時しのぎの箸”とお考えではないでしょうか?しかし、割箸は、酒席を演出する大切な食器のひとつです。
ところが、いざ割箸を取るとき、とても無雑作に割っている人が意外に多いのです。これでは、幕開けの舞台をぶち壊してしまうのと同じです。右利きの人の場合、右手で割箸をとったらそのまま自分の手前に持って来て、舞を舞う人が扇を開くように、割箸の向う側を親指と人差し指で前方に開きましょう。女性でも男性でも同じ所作でほかのどんな割り方よりきれいに見えます。

箸先もきれいに
無雑作に食べていると、箸の上の方まで汚してしまいます。「喰先(くいさき)一寸」(約3cm)という言葉があります。箸先はなるべく汚さないように気を付けましょう。

枕も汚さずに
箸置きにも箸先はのせないようにしましょう。箸置きが陶器や塗り物であれば心配ありませんが、粋な酒席で煤竹を削った箸置きなどが出されているとき、ここに濡れた箸先を置くと、箸置きに沁みてしまうからです。箸先を少し先に出して、濡れていないところを置く心がけがほしいものです。

酒の肴:ブリ、ヒラメ、ダイコン

『鰤(ブリ)』
寒ブリの脂がのってきて、美味しい季節がやってきました。この魚は幼名から成長するにつれて呼び名がかわるところから出世魚と呼ばれています。 地方によって違いますが、東京では体長20cmぐらいまではワカシ、40cmぐらいまでをイナダ、60cmでワラサ、そして90cm以上になるとブリと呼びます。新鮮なものはもちろん刺身が最高ですが、照焼きでよし、粕漬けでよし。
ただ、このブリのような回遊魚の身には、血合い(血身)が多いという特徴があります。ここを嫌がって、取り除けて食べる人がいます。これはもったいない話。ここは肝臓と同じ組織で、ビタミンの豊庫です。ビタミンB1、B2の含有量が非常に多く、鉄やカリウムもあるので、酒の肴には栄養的にも最高です。

『平目(ヒラメ)』
左ヒラメに右カレイと言われるように、ヒラメとカレイは、あの平べったいからだの片側に両目がついています。目がからだの左側についているのがヒラメで、右側についているのがカレイというわけです。このヒラメもいまが最高。刺身にしてその縁側を珍重しますが、こぶ締めにすると酒の香味を引き立ててまた格別です。

『大根(ダイコン)』
いつでもある大根ですから、あまり大事に思わない人が多いようですが、春の七草の重要なメンバーの一つである「すずしろ」がこの大根。「大根のある家庭に胃病なし」と言われるくらい、今が一番美味しい時です。おでんでも、大根サラダでも酒席には頻繁に登場させたいものです。お餅やおそばには大根おろしを忘れずに。