私の嗜み

『私の一盃』 紺野美沙子さん

酒器そのものの価値よりも、贈ってくれた人の気持ちにこそ価値がある。
いつもの食卓にのぼるグラスやお猪口を目にするたびその背景にある思い出が、心を豊かにしてくれる。

Misako Konno 紺野美沙子
女優。東京都生まれ。1980年、NHK連続テレビ小説『虹を織る』のヒロイン役で注目を浴びる。ドラマ、映画、舞台で活躍する一方、1998年に国連開発計画親善大使の任命を受け、国際協力の分野でも活動中。2010年秋より、「紺野美沙子の朗読座」主宰。音楽や影絵、映像など、さまざまなジャンルのアートと朗読を組み合わせたパフォーマンスやドラマリーディングを定期的に開催している。

料理に合うお酒を、毎晩、嗜む程度に

自宅で日本酒を飲むときには、冷酒を嗜むことが多いという紺野美沙子さん。好んで使用する冷酒グラスは、日本酒のまろやかな水面が引き立つ色使いに特徴がありました。
「お気に入りの冷酒グラスとお猪口を2つずつ持参しましたが、実は、自分で購入したものはひとつもありません。ごつごつとした白いお猪口は、夫が趣味の陶芸で作ったもので、茶色い備前焼のお猪口は、夫がお土産にくれたもの。口の広い冷酒グラスも貰ったものなのですが、このグラスが我が家にやってきたいきさつがちょっとユニークで。
実はこれ、献血を10回すると、記念品としていただけるものなんです。ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、私は夫から『はい』と渡されて、初めて知りました。作家さんの作品だそうで、冷酒を注ぐと台のところの水色が爽やかに映えて、お酒がより一層、美味しそうに見えます。連れ合いの良心と努力の賜物でもありますし、器としてもたいへん美しく、気に入って使っています。
紫のものは薩摩切子で、鹿児島でお仕事をした際に、その土地の方からいただいたものです。デザインも色もまさに私好みの上に、冷酒グラスとしては少し大きめで、何度も注ぎ足さなくていいという点でも、とても優秀です(笑)」

外で飲む機会はあまり多くなく、紺野さんの作るお料理に合うお酒をご主人が選び、食事とともにゆっくりいただくのがお二人のスタイル。
「季節にもよりますが、日本酒が食卓に上るのは、平均すると月に3回程度でしょうか。私は、純米酒でも大吟醸でも、美味しくいただければ、それだけで幸せというタイプ。どちらかというと辛口のお酒が好みではありますが、それも絶対ではありません。ところが夫は、そんな私と正反対。産地や製法などにも詳しく、味わいに対するこだわりも強いほうだと思います。

私は自分の経験から、とてもシンプルに、日本酒なら蔵元で一番搾りの生酒をいただくのが最高の贅沢だと思っています。あるいは旅先で、その土地の名物を肴に、その土地で作られたお酒をいただくのは贅沢であり、至福のひとときです。たとえば、新潟県なら、ワタごと干した丸干しのイカを網で炙って、米どころの美味しい日本酒を一杯、なんていうのがいいですよね。こんな話をしていたら、日本酒を飲みたくなってきちゃいますね(笑)」

夫婦の記念日には、いつもより、ちょっといいお酒を

旅先での特別なお酒にも心惹かれるけれど、お酒をいただくことで、日々、小さな幸せを感じてもいるそう。「私にとってお酒は、オンとオフの境目を作るのに、欠かせないものです。仕事を終えて自宅に戻り、ひと口お酒を口に含んだときのホッとした気持ち。あのリラックス感は何者にも代えがたく、その一杯のために生きているんじゃないかと思うことすらあります(笑)。私にとってお酒は、開放感をもたらしてくれるとともに、日中の緊張した頭や体をほぐし、素の自分に戻って、家族との時間を楽しむためにも必要なものです」

仕事柄、共演者やスタッフとお酒を酌み交わす機会も少なからずあるけれど、そんなとき、心に留めているのは〝美しく飲む〟ということ。
「気心の知れた相手でも、初対面の方でも、お酒は楽しく美味しく飲む、というのが基本にあります。そのためには、美しく飲むことが大切かな、というのが私なりのお酒に対する考えです。年齢的にも、お酒に飲まれた姿をお見せするのは美しくないですし、自分の限界を超えるお酒は、場を乱すことにもなりかねません。
どれほど楽しい気分であっても、なかなか手に入らないお酒を勧められたとしても、楽しく飲める量を超えそうであれば、潔くお断りをします。美しく飲むためには、自分の適量を知ること。そして、相手を嫌な気分にさせずにお断りする術を身に着けることが大切かもしれませんね」

貰って嬉しく、贈って喜ばれる。紺野さんにとっての日本酒の愉しみは、そんなところにもあるのだそう。
「近頃は、見える場所に飾っておきたくなるような、洗練されたボトルも増え、選ぶ楽しみが広がりましたよね。お世話になった目上の方に差し上げたり、お酒が好きな方へのお祝いとしてお贈りしたり、相手の好みを考えながら、あれこれ選ぶ時間もまた楽しいものです。贈答用としてだけではなく、お酒とともに過ごす時間を大切に考える夫婦ですので、夫婦や家族の記念日に少し奮発して、普段使いよりもいいお酒を取り寄せることもあります。実は、今年の結婚記念日には、いただきものの高価な日本酒を開けるのが、今からひそかな楽しみでもあるんですよ」