菊水の辛口物語

西欧列強に肩を並ぶべく、明治、大正、昭和と日本は怒涛のような革新を遂げる。その道程は西洋文化に染め抜かれていく歴史だった。食事で言えば、糠漬け、煮魚、干物や焼き魚、海藻、根菜類など、かつての伝統的な食事は影を潜めていった。
やがて第二次世界大戦を終えた日本は、食料事情が大きく変化する。物資不足、敗戦のストレスに加え、日本経済を復活させるべく人々は奔走していた。そんな激しいストレス下にある人々は、甘いもの、濃い味付けのものをプリミティブに著しく求めると言われている。ゆえに巷の飲食店や食卓は、そんな味付けの料理が席巻し、また日本酒も同様に甘口が主流であった。

やがて経済が安定してくると、食生活は急速な多様化を見せる。人々のストレスも和らぎ甘味、濃口への欲求も薄らいでいった。
素材の味を生かした料理、旨味を追求し塩気を抑えた料理、砂糖を添加しない潔い味わいの料理がもてはやされるようになる。食材や味付けもバラエティーに富み、素材本来の味わいを引き出す工夫がされ、味付けも穏やかなものに変化する。また日本の伝統的な質実質素な料理にも回帰した。人々はそんな料理に出合うことで味覚が豊かになるなか、文明文化が熟成してくると食の欲求は質の良さへと変化していった。

菊水は、高度経済成長期を迎えて変り行く日本の姿、特に食文化の変貌を見据え「濃い甘口の酒より、これからはスッキリとキレのある辛口が求められる時代が来るのではないか」という予測から、1978年、辛口日本酒のパイオニアとして「菊水の辛口」は誕生した。今から40年前のことである。
魚の昆布〆、穴子の白焼き、天ぷらなど、そんな時代の変化を予期したかのように「菊水の辛口」のキレのある辛口は淡白な料理にマッチした。かといって濃口の味わいに不向きなわけではなく、しっかりと和合した。また鮮魚のカルパッチョ、カプレーゼ、生牡蠣など、本来白ワインが適していると思われていたのは、今は昔。

「菊水の辛口」は見事に調和する。ほどよい旨味と冴えた飲み口の「菊水の辛口」。それは料理の味を邪魔することなく、むしろ素材を際立たせる底力も備わっている。
「菊水の辛口」は様々な食のシチュエーション、変化に受容されてきた。発売以来、常にくらしの傍らにあり、誕生から40年変わらず我々の食卓に彩を添え続けている。

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